最近思うこと

自分の仕事のしかたを考える。

 

何を大事にしたくて、何を諦めたらいいのか。

とても周りに恵まれてると思う。

辛いときに共感してくれる人がいて、さりげなく道筋を教えてくれる人がいて。

そんな人たちに助けを素直に求められる私って本当に恵まれてる。

自分が積み上げてきたものだと自信を持とう。

前に進もう。後ろめたいことだけじゃなくて。

いい子ちゃんをやめよう。

自分に厳しすぎるのはよろしくない。精神的に?笑

 

自分のやりたい気持ちとの戦い。

みんななにかと戦いながら生きてるんだと気づいた。

辛いんだろうなじゃなくて、それに対してどう向き合ってるのかを学ぼう。

最近思うこと

どうしたらいいんだろう。

自分は何がしたいんだろう。

 

自分がしたいことを決めつけてないかな。

でも、自分が考えてることを正当化してないかな。

まだ全然何も見えてないのに見えた気になってないかな。

 

後輩を教えるってことはしないといけない。

しないといけないのもわかるし、

去年からロールモデルになりたいと思ってきた。

 

一度現場を離れて、業務量も調整して、

そうすると、それはそれでなんか楽で。

 

何になりたいのか。

営業として結果を残したいのか。

評価されたいのか。

また中途半端だ。

 

忠実に仕事をやってるだけ。

でもそれだけだとだめなのかな。

ダメじゃない。

じゃあ、次はどうするか。

それをもって、それを後輩に教えられるようになるのか。

 

真の意味で会得したというのは人に伝えられるようになってからか。

 

AEとして、できることやったのかな。

もっと結果を残したい?

もっとチームに貢献したい?

もっとチームに必要とされたい?

もっとあの人に評価されたい?

 

難しいな。

わからんからな。

最近思うこと

不毛だろうか。

すごく不毛な気がする。

 

 

仕事が楽しい。でも何もやりきっていない感じがある。

「無理だできないから仕方ない。」

でこのまま突き進んだら、諦めることに慣れて、成長できなくなる。

とってもそのような気がする。

成長することをやめたらそこで終わりじゃないか。

 

じゃあ、やるのか。

やるのが辛いのも目に見えている。

だからやめる。

 

そんな自分の弱さをどうしたらいいんだろう。

わかりやすく答えをくれる人は周りにはいない。

(わかりづらく答えを教えてくれようとする人はいる。笑)

 

 

不毛なのはそれもそうなんだけど、

無駄に意味のない感情を抱いてしまっている自分がまた厄介なの。

それが一番不毛な。お互いにとって。

 

 

どうにかなるなんてありえない。ありえなくていいと思ってる?

期待?願望?

一瞬持っては消えていく感情。

それで拗ねる自分。

どうしようもないのに、期待していないふりをして期待する。

そのために頑張る。

何を生み出すわけでもないけど、いつか屈服を。後悔させてやると期待する。

その1秒後には自分に対して否定をする。

「ありえない。」

 

 

そのループだと疲れてくる。

じゃあ、どうしたら抜け出せるのか。

答えは全然わからなくて

今日も明日もきっと明後日も期待する。

 

 

こんな時は関取花を聴くに限る。笑

 

きちんとお別れできただろうか。

周りが気になっちゃって、ちゃんと先生の顔みれなかった気がする。

多分、先生にとっては覚えていない一言とか出来事が、

私にとっては大事な高校生活の一つ一つで、

先生がいなかったら私の高校生活は語れないなあと思います。

なんとなく決めた高校だったけど、

山下先生とバスケができて、とっても楽しかったです。

怒られたことも、褒められたこと?はあんまり覚えてないけど。笑

全部私の引き出しの中にしまってある。

もう会えないとかあんまり実感湧かないし、なんかまたいつでも会いに行けるような気がしてるけど、多分もう無理なんだよね。

怒られてばっかりだったけど、たまにくれる言葉が嬉しくて。

メガネ外したらもっとできたとか、思ってくれてたことが嬉しくて。

弱いチームで、どうにもならなかったかもしれないけど、でも覚えててくれたかな。

先生が5ファールになったの、よくないことかもしれないけど、私は、あの後、先生が私たちのことを褒めてくれて、泣いてくれたのは

すごく嬉しかったです。

私たちのこともちゃんとチームとして思ってくれてたんだなって。当たり前か。笑

 

私は今でも忘れない、体育教官室で言ってくれた言葉はずっとこれからも私を支えてくれると思います。

 

まだまだやりたいことあったんだろうし、石神井に戻りたかったかもしれないけど、

早い気もするけど仕方ないですよね。

私の中では、まだ先生がコーチやってるし!

 

ほんとうにありがとうございました。

ほんとうにお疲れさまでした。

【観劇】百年の秘密 @ナイロン100℃

事前に、WEBのあらすじを読んでいった。

【あらすじ】---------------

二人の女性の半生を描くつもりだ。
彼女と彼女は青春時代に出会い、友人関係を築く。とは言え、ずっと一緒にいるわけではなく、人生の局面で幾度か再会し、や がて別々に死ぬ。そんな話。これが男性同士であれば、いわゆる「友情物語」になるのかもしれない。そうなるのを慎重に避けるべく、女性の物語にしたとも言える。「女性同士に真の友情なぞ成立し得ない」などというつもりは毛頭ないが、そして私は男性であるから本当のところは判らないが、やはりどうもしっくりこないのは、「生涯に渡り続く友情」はもはやロマンの領域だからだ。女性の場合、概ね「生活」が「ロマン」を凌駕するのではないか。「友情」などという言葉ではとても語り尽くせぬ、複雑でデリケートな関係を描ければと思う。そんなドラマでこそ、二人の間の秘密、二人をとりまく秘密は深淵さを帯びるだろう。

(http://www.cubeinc.co.jp/stage/info/nylon38th.html)

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実際に見てみて、この文章もやっとわかったような気になってきた。笑

 

女性って、結婚、出産でどうしても生活は変わるし、

この描かれてる時代なんか特に、男性社会の中で、

男性に振り回されることがたくさんあったはず。

だからこそ、私たち女性の持つ感情や正義は

「生活」に左右されて、前に発した正論や友情が簡単には口にできなくなるし、

それが、結構周りから見たら「これだから女性は」ってことになったりもする。

 

そんな中でも、ずっと同じところにいなかった2人がここまでのつながりを持ち続けるのは、

綺麗な話でもなんでもなくて。

 

やっと"ここ"に辿り着いたけど、

見てみたら沢山の傷を負って、数少ない大切なものを失ってて、

それでも"ここ"に辿り着けて幸せだった、と本人たちは思ってる。

 

本当にそれで良かったの?

2人はそれを最後まで突き通して、死んでいくけれど

大切な人には想いが繋がらないまま先立たれて、

子どもには呆れられて、どんどん惨めな老人になっていく。

全然羨ましくなんかない。

こんな人生やだなと思ってしまう。

 

それでも、最後に2人が会った時にふたりは笑い合う。

すごく子供らしく。可愛らしく。

2人とも自分の選択を後悔はしてなくて、

後悔していないのはお互いの存在がお互いを認め合ってるからだった。

 

木の下に埋めた秘密は彼女たちの人生をめちゃくちゃにしたかもしれないけど

それはそれで彼女たちをお互い唯一無二の存在にした。

 

綺麗なままあの関係を作ることはできなかったのかなと思ってしまう。

綺麗なままの人生ってないのはわかってるけど

それでも簡単に欲しくなる。

 

「複雑でデリケートな関係」が見事に描かれてた。

観てる側に、色々なことを考えさせられるし、

なんなら、人間の嫌な部分がたくさん顕在化させられそうな感じ。

それでも生きて行かなきゃいけないわたしの現実があって、

そう考えると、わたしの人生もなかなか捨てたもんじゃないなって。

 

演出とかは、

プロジェクションマッピングも使ってるし、

なんだ割とダイナミックさを推すのかなと思ったら、

語り手がいて、みんなで同じ動作をしたりとか、出演者が小道具を動かしてセットを完成させたりとか、

人が作る舞台の細かい演出が入り混じってて。

私はすごく馴染みがあってわくわくした。

 

でも、ところどころで使ってる効果音とかプロジェクションマッピングが、

絶妙すぎて、あの不気味な雰囲気を作ってた。

 

庭と家の切り替わりも、家のシーンなのに、庭にいっぱなしの人は、はけずにそこにいて。

そのタイミングとか、空間の使い方が上手くて、

ぶつからずにそこに本当に二つの空間が存在してた。

あれは、多分タイミングとかセットの置き方とかなんだろうなあ、と勉強になりました。笑

 

直感的にはすごく面白くて、あーやっぱり役者さんすごいなとか、舞台っていいなと思ったけど、

複雑な舞台って苦手かもなあと。笑

多分、何回か観た方が面白い。

ストーリーが別の角度で見えるはず。

そこまでのわたしの体力が追いついてないだけで。笑

 

ナイロンはまた別の作品も見て観たいなあ。

【読了】お金2.0

お金の価値

 

お金を得ることへのモチベーションはない

情熱を向けられる何かを提供できるかどうか

それが利益を得るということには繋がらなくなってきてる

 

 

高いものを高く売る

それはどんな価値があるのかをきちんと伝えられるか

「◯◯価格です。」と自信を持って言えるのか

騙してる感覚に近いんじゃないかな

 

作業に対して対価をもらってる

本当にその働きができてるのか

その働きができてる実感を持てるのは

1年目では無理なのか

私のお客さんだと自信を持って言える人を1年目では作れないのか

「あなたに発注してるんだよ」

という感覚はどうしたら得られるのか

 

自分の価値を自分の価値として発信できないのか

自分の価値を認めてくれる人はどこにいるのか

社内にいなかったらそりゃ続かない

それは結果なのか

結果を残す方法を与えられたのか

何かに対して純粋に進む

それは、数字の結果、なのか。

 

お客さんからの信頼感じゃないか

社内からの信頼感じゃないか

それが結果的に数字につながるのが

それが、追い求めるものじゃないのか

 

それが今会社にはあるのか

 

私がそれを整えたらどうなるのか

それを整えたら社として強くなるのか

強くなったら、私は私の価値をあげられるのか

果たして、ここでそれをやって私の価値は上がるのか

 

この小さな世界でいいのか

でも、小さな世界だからできるのではないか

この世界が広がったら私としての価値は上がるのではないか

 

リクルートは起業家を目指す人が集まるようになった

それが強い

リクルート」というブランドを作り上げた

だから優秀な人が集まるようになった

ブランドは宗教にも似てると。

ここに入ったら、どうなれるのか

それを示す必要がある

それを上の人たちは気づいてるのか

 

とりあえず、自己申告書はどうしよう。笑

【観劇】PLUTO再演

私の大好きな舞台。

そして、私の大好きな土屋太鳳ちゃんの初舞台。

 

 

繁忙期ってわかってるくせに、平日にチケット取って、午後休もらって行ってきました。

 

正直3年前に見たときの印象が「本当に素敵な舞台」だったから、

期待が大きすぎて、大丈夫かなって不安になってた。

「再演」って難しい。

 

でも、やっぱり、大好きな舞台だった。

3年前に見たときは、周りのダンサーさんたちの動き、セットの変わり方、

バラバラに動いている全部がピタッと当てはまって、

本当は舞台って演者さんの個性が出るのが好きなんだけど

この場合は、ダンサーさんたちみんなが物質のような形で、

みんなで手を繋いでモノを作ってるような感じで。

それに心の底から感動した。

 

今回もやっぱり同じで、

その全てをコントロールしてる演出はすごいなと改めて感動した。

 

3年前と違う気持ちで観れたのは、

話、セリフがすっと私の中に入ってきてた。

前も観終わったらきょんちゃんと、

「あれはどういう意味だ」とかいろいろ話し合ったけど、

ぶっちゃけよくわかんなかった。

立ち見だったから疲れてたし。笑

 

ゲジヒト、アトム、生まれ変わったアトム、天馬博士、サハド・プルートゥ、アブラー、そして、ウラン

それぞれが、それぞれの持った感情を繋ぎ合わせて、

順番に受け継いで、不器用に遠回りをしながら答えを拾い集めていく。

ロボットって本当は無機質なはずなのに、

この世界はものすごく人間的だった。

 

「憎しみ」という感情が絶対に人、ロボットを殺さない完璧なプログラムを超えて、

また新たな「憎しみ」を生んでしまう。

でも、その「憎しみ」はきっと「悲しむ」ことに変換できる。

「憎しみ」は「優しさ」でコントロールできる。

 

まとめると解釈はこんな感じかなと思いました。

 

ゲジヒトは、完璧なはずな自分に悩んで、

優秀だから答えが見えてるのに、優秀だから信じられなくて。

でも、たしかに答えを拾い集めて、アトムに託した。

毎日同じ生活をしているその日々の中で、

最強の7体が順番に殺されているニュースを見て、

ヘレナが心配する気持ちもそれを安心させようとする気持ちも

全部、人と同じ「感情」だと思う。

みんな真似事だと言うけれど、それも結局その線引きなんてわからないんじゃないかな。

私たちだってわからないし。

泣いてるのはパフォーマンスかもしれないし。

 

アトムは、多分戦争の時点で、「悲しい」という感情は感じ取ってた。

でもそれは何かを動かすようなものじゃなくて、些細な動きだった。

まだまだロボットだった。

天馬博士がお前は失敗作だと言ったのも、そこかな。

優秀な子だったんだよ。すごく。

 

その一方で、お茶の水博士が作ったウランは、

ウラン自体の感情はどうなのかはわからないけど、

「感情」を汲み取るウランのプログラムは、

最後にロボットたちを救った。

結局、ロボットはロボットにしか救えないのかもしれない。

でも、「憎しみ」は「優しさ」で救えるということをウランは教えてくれた。

 

原作はわからないけど、

あの舞台の短い時間の中では、そのウランの立ち位置はすごく重要だと思った。

 

人の感情って本当に複雑だな、と。

その複雑さが、違う方向へ向いてしまうと争いを生む。

けど、その複雑さは、一つ一つ人から人へ伝わりながら、形を変えて、日々を作っていってる。

それを教えてくれたのがロボットだっていうところが、この話の本当に皮肉なところだなあ。笑

 

太鳳ちゃんの初舞台が私の大好きな舞台でよかった。自己満。笑

なんで太鳳ちゃんが好きなのかわからないんだけど、

向き合おうとするその姿勢が好きだから、

この舞台にも真摯に向き合おうとしたんじゃないかなと勝手に思ってる。

真摯に向き合う作品として、とっても価値がある作品だなと思った。

 

ま、結局役者さんがなにを考えてるかなんてわからないんだけどさ。笑

 

長い長い。

まだまだ書こうとしたら書けるけど

疲れたからやめよう。

 

また観に行きたいな。

この作品に出会えたことに感謝。